八ツ場ダム予定地で発掘された遺跡の状況を視察するため、塩川鉄也衆院議員らと長野原町の発掘現場を訪れました。糸井洋衆院5区予定候補、柳下礼子埼玉県議らが同行し、県文化財保護課長らが案内してくれました。塩川さんは大学で歴史を専攻していたということで、目を輝かせていました。
川原畑地区の東宮遺跡では、江戸時代の天明3年(1783年)の浅間山噴火による泥流で埋もれたムラや人々の生活が掘り出されました。発掘調査中、水が出てきて苦労したそうですが、その豊富な湧水のために200年以上経過してもなお、木材などの保存状態がよく、当時のリアルな様子を伝えてくれます。下駄やうちわ、キセルなどがそのいい例です。甕の中の梅干しは今のも食べられそうだったと話していました。
泥流は吾妻川に沿って流れましたが、一部せき止められ、谷を逆流してきたために、その集落の多くの人は逃げて助かったそうです。養蚕や酒造り、麻などを栽培していた様子などもわかっています。
現在建設中の1号橋直下では、獣の落とし穴など平安時代(かそれ以前)の遺跡なども見つかり、発掘作業していました。別の場所では、8000年も前の縄文時代に「かまど」がどの家でもみられるなど、貴重な発見がいくつもあるとの説明を受けました。
八ツ場ダム本体工事が不透明な中、水没予定地内の調査は中断されたままです。東宮遺跡の西側はまだ調査が手付かずです。予定地内には、鉄道や国道、住宅があり、試掘さえされていない場所も多くあります。ダム本体工事にたとえゴーサインがでても、遺跡発掘対象となるため、期間が延長されるのは確実で、調査費用も増大する可能性が高いといわれます。それでも群馬県は期限内にしかも総事業費を増額せずにダムをつくれという。全く矛盾しています。
唯一の解決方法は、ダム本体工事を完全に中止したうえで、建設とリンクさせない形で、遺跡発掘費用を国費で出すこと。そうすれば貴重な遺跡を残し、観光資源とすることで地域振興につなげることもできます。
それにしても、あらためて遺跡の多さに驚きました。縄文時代、平安時代、江戸時代の遺跡…まさに遺跡群の中に、ダム予定地があるといっても過言ではありません。紅葉が色づき始めた吾妻渓谷。遺跡めぐりも楽しいかも。



