ハンセン病市民学会が5月12日・13日に青森・宮城両県にわたって開催され、参加してきました。
青森市内での全体会には約500人、群馬からも、楽泉園の谺雄二・全国ハンセン病訴訟原告団協議会会長、藤田三四郎自治会長さんら3人の入所者を含め18人が参加しました。
青森県知事や市長があいさつし、交流集会では「語れない言葉と向き合うために」「療養所でいのちの意味を考える」「福西園長と語る~療養所の将来構想」の各テーマでシンポジウムが行われました。
強制収容・強制隔離政策の過ちを断罪した熊本判決から11年、2009年にはハンセン病問題基本法が施行されましたが、今なお全面解決には程遠い現状が、元患者や園の関係者、弁護団などからリアルに語れました。また、福島原発事故の避難者へのいじめ問題と重ね合わせ、差別と偏見をどう克服していくか、無らい県運動(ハンセン病患者を強制収容した各地の施策)の検証をどうすすめていくか、最後の一人までの在園保障や地域社会に開かれた園の将来構想についてなど、示唆に富んだ発言がされました。
群馬でも、重監房(特別病室といい、懲戒的な意味で収容した施設。全国から集められ、極寒の中で多数の患者が死亡したとされる)が今年度、草津栗生楽泉園内に復元されるのを機に、ハンセン病の歴史をどう語り伝えていくのか市民的な取り組みが求められています。
2日目に訪れた、ハンセン病療養所松丘保養園は、ちょうど遅咲きの桜が散っているところで、遠くに八甲田山がくっきりと見えました。入所者の平均年齢82歳。この10年間で半減し、10年後には2割に減少するとみられています。木々に囲まれた納骨堂には1136体が眠っています。その前に立って、ハンセン病患者・回復者の苦難に思いをはせるとともに、全面解決にむけた政治の責任を痛感しました。


